こんにちは。10月うさぎです。
都内大学で地理学を学んでいる大学生です。
今までTwitter(@Octoberabbit)でたびたびつぶやいてましたが、
140字という制約のなかでつぶやききれないと思ったことも多々あり、
このブログを開設しました。
Twitterで長くフォローしておられる方はわかるかもですが、
私はあまりマメではありません。
そのためブログ更新はTwitter以上に滞ることが予想されますが、
そこはどうにかお許しください。
前置きはこれくらいにして、本題に入ります。
昨日Twitterで友人が道路元標についてつぶやいていたので
道路元標について書こうと思います。
友人は道路元標をいくつかめぐっていますが私もめぐっています。
というか友人がめぐっているのは私の影響です(苦笑)
そもそも道路元標ってなんぞ?ということを説明すると、
道路上によく「○○ 10km」みたいな青い看板を見ますよね?
あれはその場所から○○の役所・役場までの距離です。
さて、昔の人も都市と都市の間の距離を測定しようとしました。
そこで必要なのは「距離を測るには起点と終点が必要だ、
それをどこにするのか」といった点ですよね。
これを指し示すものが「里程元標」「道路元標」です。
1873年に「里程元標」が設置されることになりました。
大阪府とその他の県は県庁所在地の交通枢要地に木標を建てて、
管内諸街道の起程とすることにされました。
ちなみに里程元標そのものの現存はまだ見たことがなく、
あっても再現された木標や石碑があるだけです。
明治時代に設置された木標なので残念ながら残っていないのでしょう…
これが最初に設置された市町村の道路元標です。
1919年には各市町村に道路元標の設置が指示され、
1922年には形状などが定められました。
このため実際に使われたと思われる石碑の道路元標は
形が似ているものが多いです。
1952年に道路元標は道路の附属物となってしまったため、
意味をもった役目を失い、ただの石碑となります。
そのため開発などに伴い失われた道路元標も数多くあります。
ただ全国に大量に道路元標を建てた結果、
現在でも残存している道路元標も全国に数多くあることも事実です。
そのまま建てられているものや、文化財指定されたもの、
キャプションがつけられたものは最も保存状態が良いといえます。
一方で道路工事に伴い半分埋められたものも全体こそ見えないものの
設置点から動かされていなければまあまあの保存状態といえます。
なかには道路工事などで撤去を免れるために博物館に移動した道路元標もありますが、
これらも場所的な意義は失っても廃棄されるよりマシともいえます。
さらっと「場所的な意義」という言葉を使いましたが、
道路元標は「設置された場所」に意義があると私は考えています。
設置場所は府県知事が決定することになっていますが、
「市町村の位置を示す中心」である以上、
「どこでもいい」わけではないのです。
今回は長くなってしまったので説明だけで終了しますが、
次回以降は設置位置も含めた道路元標それぞれの説明をしていきたいと思います。
長文でしたが、読んでくださりありがとうございました。
2019年1月6日 うさぎ